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トラ技Jr.

ポケット・サイズの1cm精度測位マシン! ESP32搭載「RTKRover」開発

ポケット・サイズの1cm精度測位マシン! ESP32搭載「RTKRover」開発

茨城工業高等専門学校 電子制御工学科 専攻科情報工学専攻 2019年3月卒業
(現在,株式会社今橋製作所にて業務部に所属,機械加工技術を研修中)

阿久津 愛貴

● 自己紹介

 私は,茨城工業高等専門学校で本科5年,専攻科2年の計7年間を学び,2019年4月に就職しました.
 専攻科では,RTK 測位の応用研究で知られる岡本修教授(1)のもとで研究に取り組みました.主な研究は,BLE(Bluetooth Low Energy) ビーコン(iBeacon など)を使った屋内測位技術です.研究で得た通信技術のGNSS 受信機への利用も考えました.
 ここでは,研究の一部を紹介します.

● 小型/ 省電力化を目指したRTK 測位

 RTKRover( 移動局),RTKBase( 基準局)は,RTK の普及と活用を目的とし,パソコンを不要とする小型化,省電力化を目指した研究です.
 RTK 測位は図1 のように,アンテナ位置が既知な基準局と未知な移動局にGPS 受信機を必要とします.基準局の補正情報を使用することで,移動局の位置を数センチで推定します.近年,凖天頂衛星の打ち上げや受信機が安価で購入可能となり,さまざまな分野への活用が期待されています.
 そこで,IoT デバイスをRTK 受信機と組み合わせることで小型化,省電力化できると考え,主研究と並行して,RTKRover とBase の開発を進めました.

図1 定番センチメートル測位技術「ローカル・エリアRTK」の構成[インターネット方式(IP通信方式)]

 

● ESP32 を搭載したRTKRover の開発

 まずはラズベリー・パイ3 とzero W を用いてRTK 測位に必要な通信の自動化に取り組みました.これが実現できたことから,さらなる小型消費電力化を目指し,IoT マイコン「ESP32」に注目しました.
 始めに,ブレッドボード上に回路を組み,RTKLIB(2)のソースを参考にしてESP32 用NTRIP Client ライブラリを作成し,動作試験を行いました.

回路構築
 ESP32 とRTK 受信機を接続する機器を表1 に,回路を図2 に示します.RTK 受信機として,周辺回路を比較的自由に設計可能なトラ技RTK スタータキット(CQ 出版社)を使用しました.NEO-M8P モジュール(ユーブロックス)のI/O を2.54mm ピッチに変換し,USB インターフェースを備えたものです.

 

表1 製作に使用した機器類

参考価格は執筆当時のもの.現在の価格については各サイト(CQ出版WebShopなど)で確認いただきたい

図2 ESP32とM8Pを使ったRTKRoverの回路

LED の抵抗は必要な光量に合わせて調整する

 

 NEO-M8P は測位状態(RTK_STAT,TIMEPULSE)をパルス信号で出力(3)しているため,確認用にLED を取り付けます(写真1).
 ブレッドボード上の回路構成でESP32-Devkit-C を使う場合は,1 列当たり非接続帯をまたいで11 本以上のソケットがあると便利です.

写真1 ブレッドボード上に構成した例

 

ファームウェアの作成
 ESP32 は,Wi-Fi やBluetooth を使った開発にArduino IDE が使えます.RTKLIB のsrc/stream.cを参考に作成したArduino IDE 用のNTRIP ClientライブラリはGithub(https://github.com/GLAYAK2/NTRIP-client-for-Arduino)で公開しています.

 

図3 自作ライブラリ NTRIP Client のサンプル・プログラム

 

ライブラリの活用
 ライブラリを使うと,IMU を搭載して高い更新レートや姿勢推定を利用した測位結果の補正を実現したり,受信機から出力される1Hz のTIMEPULSE を利用した時刻同期システムなどが開発できます.
 例えば,研究室で取り組んだRTK 書道(トランジスタ技術2018 年1 月号掲載,書籍『センチメートルGPS測位 F9P RTKキット・マニュアル』に再収録)では,RTK 技術とIMUを用いた姿勢推定を組み合わせて,筆先の位置(姿勢角に基づく測位点のオフセット)や筆遣いの推定を行いました.

●改良した現在のRTKRover

 RTKRover は改良を重ねて,現在は,ポケット・サイズ(F9P+ESP32 搭載品のケース外形 55 × 45 ×18mm)を実現しています.M8P の後継機種であるF9P( アンテナ TOPGNSS GN-GGB0710,$75)にESP32(自作ファームウェア搭載)を組み合わせると5200mAh のモバイル・バッテリで10 時間程度の継続運転ができます.
 さらに,Bluetooth を利用した測位結果伝送が可能になったので,Android 端末でも測位結果をモニタでき,災害現場調査へ適用するなど,RTK 測位活用の幅が広がりました(4)

 

コラム 茨城工業高等専門学校 電子制御工学科 岡本研究室の取り組み

 岡本研究室は,高精度衛星測位の利用拡大を目的にした研究開発が柱となっています.

① 高精度衛星測位の利用拡大に向けた研究

 RTK 測位に対して,測位性能の評価方法,数cmの精度を保証するFix 解を維持する手法の提案のほか,福島原発事故除染作業での空間線量率の測定やAR 技術と組み合わせた建設現場での地下埋設物可視化,つくばチャレンジ(自動走行ロボットコンテスト)などでRTK 測位の活用,普及に力を入れています.

② 異業種分野のシステム開発

 特別養護老人ホームや食品加工に取り組む企業と連携した研究として,BLE ビーコンを用いた介護者支援システムや過熱水蒸気を利用した食品加工システムの研究開発を行っています.

〈阿久津 愛貴〉

 

推薦者 茨城工業高等専門学校 電子制御工学科 教授 岡本 修

 阿久津さんは,自身の研究テーマで成果を出すことはもちろん,他の学生が担当する研究テーマにも相談に乗り,状況に応じて主導的に物事を進めたり,脇役に徹したりできる学生で,数十年に1 人の逸材でした.マイコンの勉強や,GitHub 上にプログラム公開するなど,手を動かしてもの作りができ,社会の枠組みを超えて活躍できる人材です.

 

▪参考文献▪

(1) 岡本 修;reseachmap,https://researchmap.jp/read0195233/
(2)高須知二,久保信明,安田明生;RTK-GPS 用プログラムライブラリRTKLIB の開発・評価および応用, GPS/GNSSシンポジウム2007 テキスト,pp.213-218,日本航海学会GPS/GNSS 研究会,2007.
(3)NEO-M8P u-blox M8 High Precision GNSS Modules;u-blox,2017/3/16,https://www.u-blox.com/ sites/default/fi les/NEO-M8P_DataSheet_%28UBX-15016656%29.pdf
(4)大泉 拓也,河井 恵美,猿渡 雄二,桐山 魁,阿久津 愛貴,川野 邊慧,荒木 義則,森安 貞夫,高田 知典,岡本 修;災害調査でのRTK受信機利用に向けた性能評価,応用測量論文集,30巻,pp.119-128,2019年7月.

 

[本記事は,トラ技ジュニア No.38(2019年夏号)に掲載された記事を再編集したものです.筆者の肩書き等は執筆当時のものです]